月夜見
 “赤いの 青いの”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

ほぼ毎年のことじゃあありながら、
それでもわざわざ言いたくなるほどに、
この夏もまた、日之本は大層な猛暑に襲われた。
ただ暑かっただけじゃあなかったのが問題で、
初夏の照りようの強さから、このまま夏になるなら大変と、
少なかったならという方向で案じられた水の方は、
不足の無いようにどころじゃなく、
多分に見舞われもしたのが まさに前兆で。
梅雨の雨も降るには降ったが、
どちらかといや真夏の夕立みたいな豪雨ばかり。
猛烈に暑くなったことから地上の湿気が空へと吸い上げられ、
それが寄り集まって雲が出来るのだが、
その勢いがあまりに強烈だと、
入道雲から大粒の雨が
ざあっと一気に降り落ちる“夕立”となる。
とはいえ、それは日に一度、
それも案外とあっさり短く終わるもの…だったはずが。
この夏はよほどに、
湿気を供給しやすい気団の配置となっていたものか。
入道雲がなかなか小さくならぬため、
半日とか夜通しの大雨となったり、
あちこちへ雷が落ちまくりという危険な状況が長々続いたりし。
日頃は悪党退治に奔走する捕り方や岡っ引きも、
水道や井戸から悪い水が涌いた地域へ、
飲み水が遠くなったり、
飯が炊けないという不自由はないか訊いて回ったり、
ご町内の皆様と一緒に大川や堤を見回ったりと、
やや勝手の違う夏になったほど。
そんなこんなも、
まま、お盆が過ぎて朝晩に秋風が立つ頃合いとなりゃ
さすがに落ち着くだろうよと、

 “ご隠居さんが言ってた通りになったよなぁ。”

陽の照りも暑さも相変わらず容赦ないけれど、
人心地つける風も吹くよになったし、
何日も何日も寝苦しかった晩が、
やっと涼しくなったは得難い極楽。
雨続きで順延されまくりだった花火の祭りも、
先日 何とか催され。
夏も終わりに近づいたかねぇなんて、
ほっとしつつも行く夏は惜しいか、
どこかしみじみとした声で紡いだのは、
大通りにお店を構える、太物問屋の女将さんだったっけか。
川表を渡る風にも、ひところみたいな青臭さはなくなって。
じーわじーわと遠くで鳴く蝉の声も、
このところは随分と大人しくなった。
他愛ないこと、一つずつ拾い上げていたところ、

 「………あ、やっぱり親分だ。」
 「…っ。」

そんなこんなと ぼんやり思いつつ、
川端の柳の根方で涼んでいた麦ワラの親分さんだったのへ。
ほんの至近、
肩先にそっちの顎先が触れるほどという、
ずんとの間近からお声をかけたのが、

 「………あ、坊さんだ。」
 「はいな。」

さすがに驚いてか おわうっと飛び上がりかけたが、
振り返って真っ先に見えたのが見知った顔だと気がついて。
はあと自分の胸元を開いた手のひらで押さえつつ、

 「何だよ、びっくりするじゃんか。」

この暑いのに、やっぱりいつもの雲水姿という相手へ、
ちょっぴり説教っぽい口調になって言い返す。
いつもは結構距離があるうちから、親しげな声をかけてくれるのに。
何でまた、今日はここまで近づいたのかと言いたげに、
不審さを込めた眼差しを向ければ、

 「そうは言うが、親分が青い着物とは珍しかったし。」
 「あ…。」

似てるけど印象が違うなぁ、いつものお召しじゃないからなぁ。
間違えたら赤っ恥だし…なんて思いつつ、
本人かな、そっくりさんかなと、

 「決めかねてるうちに、
  此処まで近づいてしまったってわけで。」

 「何だそりゃ。」

思わぬことを言われたからか、
あまりに驚いたこともあり、
悪い悪戯だと怒りかけてた親分だったものが、
それも忘れてのキョトンとしたほど。
確かに今日のルフィさんは、
いつもの赤が基調の格子柄の着物じゃあなく、
浅い紺地に 袖の袂と身頃の裾へ白抜きのトンボが描かれた、
涼しそうな浴衣を着ておいで。
仕立てたばかりの新品か、
肩から降りる腕の線には折り目がかすかに残っていたし、
黒っぽい鼠色の角帯も光沢があっての上物らしく、

 「こりゃあ、ほら。
  先の冬に療養所へかつぎ込んだご隠居さんのお身内が…。」

あの時は本当にお世話になりましたと、
女将さんがわざわざ長屋まで訪ねて来てくださっての、
詰まらないものですがと、
仕立て上がったばかりという一式を、
良ければ着てくださいって置いてったのだとか。

 「礼がほしくてしたことじゃないって言ったんだが、
  それでも
  “大層ありがたいと思った
   こちらの気持ちです”って、押し切られてサ。」

直接の上司にあたるゲンゾウの旦那からも、
じゃあ済まねぇなって受け取っておけって言われてサ、と。
今になって慣れぬ装いへの照れが出たものか、
もじもじしだした親分だったの、
苦笑交じりに見やりつつ、

 “ただそれだけが理由で、
  声を掛けにくかったんじゃないんだが。”

もう一つの理由もあるにはあるらしき お坊様。
それこそ いつもだったら、
こっちの気配を拾ったら、親分の側からも振り向いて来て、
お〜いとぶんぶん手を振り、満面で笑ってくれた。
それが丸きりの無反応と来ては、

 “お人 間違いかなぁって思いたくもなりますよ。”

さすがに、愚痴みたいなので言わなんだけれど。
それに…何だか自分の側ばかりが彼を意識しているようで、
それはちょっと癪かもなんて。
初めての懸想に振り回されてる
小娘みたいなことを感じもしたらしかったが。
それは もはや今更なのでは…

 “ああ"?”

いきなり打って変わって筆者相手に凄まないように。
奇遇の回数減らすよ?(笑)
……じゃあなくて。
それを言ったら、親分の側だって、

 「着物が替わっただけで判らなくなるもんかなぁ。」

ほれほれ、ちょみっと衝撃だったみたいですよ?
そりゃあサ、俺ってば同じ着物ばっか着たきりスズメだし、
他のところもそうそう構いつけねぇから、
いつだって代わり映えはしねくてよ。
なんて、口元を尖らせていたりして。

 “……かわいいじゃねぇか。////////”

  言ってなさい。

自分でも見慣れないなぁと思うのか、
袖口を指先で手のひらへ挟み込み、腕を伸ばしてみたり、
懐ろあたりを見下ろしたりとして見せるルフィだったのへ、

 「いや、そうじゃないんだ親分。」

まんじゅう笠の落とす濃い陰の下からじゃあ、失礼かもと思うたか、
あごのくくり紐をあっさり解くと、
精悍なお顔を陽にさらし、
いかにも男臭い表情で、やや照れ臭そうに にかりと微笑うと、

 「大きな声を掛けたらば、
  お勤めの邪魔にならねぇかと思いまして。」

意外なご意見が飛び出したので、

 「お?」

親分さんが表情を止める。
どういう意味かを把握し損ねている彼へ、

 「ですから。」

いつもと違う恰好なのは、
盗っ人か悪党か、今日ここを通るのが絞り込めたんで、

 「親分だと気づかせずに、
  すぐ傍を通らせようって手筈でも
  立てていなさるのかもと。」

そうと思ってのこと、
いつもみたいにのんびりと
“お〜い”なんて声は掛けられなくてと言い足せば、

 「おおお、そりゃあ凄げぇな。」

そうか、変装捕り物だなと、
巧みな手筈を教えられたような気がしたか。
頭上に広がる真っ青な夏空さえひれ伏すような勢いで、
一気に にぱぁと笑顔を取り戻す屈託のなさがまた、

 “やっぱ岡っ引きには向いてないんじゃなかろうか。”

という、ほのぼのとした感慨をお坊様へと運んでくださる、
真夏の盛りに 一服の清涼剤のような親分だったのでありました。







   ●おまけ●



誤解(?)も解けたということで、
川べりを丁度通りかかった
“ひゃあら ひゃっこい白玉だよ”の売り子を呼び止めて。
夏の給金が入ったばかりだったのを、
托鉢のお伏せが多かったのでと誤魔化したお坊様。
縁の欠けた鉢に冷やした蜜をつぎ、
真ん丸な白玉団子を浮かせた、夏にはおなじみな甘味を、
久し振りの挨拶代わりですよとお坊様が求めれば、

 「ありがとなvv」

すっかりと御機嫌を直した親分さん。
珍しくも淡い緋色のが浮いているのを喜んで見せ、
美味しい美味しいと堪能してのさて、

 「俺ってやっぱ子供だよなぁって。」
 「はい?」

甘いのが好きなのは子供ばかりじゃあないでしょと、
坊様がたしなめ半分、言いかかったのへ、
そこはさすがに“違くって”とかぶりを振って、

「これ貰って着てみてサ、
 そしたら、ナミとかリカとかが
 やたら“可愛い”って言うんだよな。」

「う…。」

男が可愛いはないだろと腹が立ったと続くなら、
自分も言いそうになったのを慌てて飲み込んだお坊様だが、

「むうって来たけどよ、そしたらサンジが、
 おや、じゃあ俺は可愛くねぇの?なんて横から言い出して。」

「お?」

スイカの皮を深く浅く飾り切りした器に、
金葡萄の蜜を氷水で割ったのと、
いろんな色の寒天を浮かべてそそいだ、
いかにも涼しそうな飲み物を出しながら、
そこいらで摘んだらしい朝顔を頭に飾っててよ。

「そいで、可愛い可愛いって言われて
 “あら、そぉお?”なんて笑ってんだよな。」

結構な茂りようの柳の枝が風に揺れ、
涼んでいる二人へ優しい陰をゆらゆら落とす。

「それは…。」
「うん。
 俺が空気読めねぇで怒り出さねぇようにって
 お道化たんだと思うけど。」

 そいやサンジは、料理がうまくて手もきれぇで、
 あと顔もきれぇだから
 “かわいいっ”て言われることもたまにあるみたいだけど、
 いちいち怒らねぇんだよな。

「ホントは、ああいうのを余裕で受け流して怒らないのが
 大人なんだろなって思ってサ。」

あぁあ、俺ってまだまだだよなぁと、
残念がる親分さんなのへ、
ああ何て かわい…一途なお人だろうかと思いつつ、
その反面、
誰かさんへの殺意もうんとこ沸いたお坊様だったのは
言うまでもなかったのでありました。

 「親分、そういう奴はな、
  男から可愛いってからかわれても
  怒らねぇで流せてこそ大人なんだぜ?」

 「おお、そうなんか?」

こらこらこらこら。
(苦笑)





    〜Fine〜  12.08.25.


  *随分とお久し振りの親分とお坊様です。
   ちょっとした読経でもおろそかにされないお盆は、
   それなり忙しかったらしいお坊様だったんで、
   なかなか逢えなかったらしいですが。
   本当にそっちのお勤めで
   忙しかったかどうかは……内緒だそうです。
   何なら大目付のレイリー老に訊いてくれとのことで。
   そういや、そういうキャスティングだったなぁ…。(こらー)


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